私が山登りを楽しむ上でベースにしている「水原山の会」の紹介をさせていただきます。
新潟市近郊の白鳥の飛来地として有名な阿賀野市の旧水原町地区を中心とする地域の、社会人山岳会です。
昭和49年に「水原登高会」として、数名の若者によって創立されましたが、名前と活動内容がそぐわないとの意見から、現在の名前に変更されたとのことです。
地元の五頭を始め飯豊など地域の山を中心に、四季を通じて楽しんでいますが、毎年少しずつ会員の平均年齢が上がり、会としての活動はやや停滞気味でしたが 最近、これから初めて山を登ろうと志す熟年の新入会員が相次ぎ、今までとは少し違った意味で、会が活気付き始めてきました。
山登りを楽しむのには、年齢なんか関係ないわ!と、とにかく元気に楽しく!四季折々の山を楽しんでいます.
また、毎年6月には地域の皆様を誘っての「登山の集い」は31回を数え、地元の山を中心に案内させていただいています。この行事は地域の山岳会としての足場をしっかりとしたものと固めてくれました。
安全に楽しくを、もっとうに山を、遊び尽くしています.
- 月例山行:担当リーダーを決めて基本的に毎月実施
- 例 会 :毎月第2・4水曜日夜にクラブルーム?(クラブの倉庫もかねています)にて開催。(終了後に会費制の宴会あり)
- 個人山行:基本的に制約はありませんが、届け出を必要とします。四季を通していろいろな山行が楽しまれていますが、最近は女性会員が元気!
- 忘年会などの飲み会も、盛り上がります。
- 月報「いづつむり」を発行し、会員のコミュニケーション維持に活躍しています。(会員が輪番で編集していますので、毎月それぞれの個性豊かな月報が届きます)
- リーダー会を組織していて、各山行のリーダーを務め、例会でのミニ学習を担当しています.
2012年度 年間計画
| 月 | 日 | 山行内容 | 備考 | 月 | 日 | 山行内容 | 備考 |
| 4 | 22(日) |
白山 |
村松より | 10 | 13・14(土・日) |
飯豊連峰 |
ルート未定 |
| 5 | 20(日) | 大源太山 | 11 | 11(日) 17(土夜) 〜18(日) |
守門岳 忘年会 |
場所未定 |
|
| 6 | 3(日) 17(日) |
32回登山の集い 祝瓶山 |
一般募集山行 |
12 | 1・2(土・日) |
蝶ヶ岳 |
|
| 7 | 7・8(土・日) |
蓮華温泉より |
ルート未定 |
1 | 20(日) |
新年登山 |
五頭周辺 |
| 8 | 4・5(土・日) | 飯豊連峰 |
ルート未定 |
2 | 2・3(土・日) |
安達太良山 | 湯煙山行? |
9 |
9(日) 22・23(土・日) |
中ノ岳(魚沼) ほのぼの山行 |
たき火を囲んで 場所未定 |
3 | 3(日) 17(日) |
総会 磐梯山エリア |
詳細未定 |
無雪季の日帰り山行につき,ゲストの参加OKです(友達を誘ってください).担当リーダーの許可を取ってください.
会員募集
経験・年齢・性別は問いません。楽しく一緒に山を楽しめる仲間を募集しています
その一歩を踏み出してみませんか!
問い合わせは、遠藤(Tel:0250-62-6687)か、私(メール)まで

今年も元気に歩きました、一般の皆様を案内して
31回も数えてしまいました。一般の皆様をお誘いしての山歩き。「水原山の会登山の集い」
ここ10年ほどは、我々のホームである五頭山魂で、毎年コースを考えて実施しています。
登りなれた参加者が多いこともあり、ここ数年はちょっと登りごたえ”のあるコースを歩いています。
たまには、いつも歩いている所とは違うところも歩いてみたいとのニーズにもかなっているのか、多くの方から楽しかった”との、声もいただき、会員の励みとなっています。
そして今年は、五頭の最高峰菱ヶ岳から南の静かな稜線を、宝珠山へと辿りました。
梅雨入り前のそこそこの好天にも恵まれ、足並みのそろった仲間が、十分に山を楽しみました。
よく31回も続いたものです!
H23.6.5 一般参加者28名・会員12名
やっぱりお日様の下の山はイイなあ〜
この時期とにかく天気の悪い越後を離れて、お日様の光り輝く山を求めて、過去にも何度か出かけている八ヶ岳へ。
今年は力の劣る?わが会の現状を考え(-_-;)ちょっと優しい北八へ出かけてみました。
暴風の新潟から信州路を善光寺平から諏訪へ入るころにはどピーカンの冬晴れ!前日雨(雪)が降ったこともあり、空気も澄んで北アの峰に歓声が上がります。
軟弱山行のそしりも気にせず、ピラタスロープウェイで一気に霧氷の冬山の世界へ上がります。
霧氷のコメツガの林をサラサラの新雪を踏んで、横岳へ辿りました。
それほどの汗も流さず、360度のパノラマを楽しんだ。明日登る予定の蓼科山もすぐそこで手招きしている。
北横岳ヒュッテに戻り、雨池山から縞枯山を目指すべくルートを辿るが、思いがけず岩場の連続となり、慣れないメンバーもいて思いのほか時間がかかり、縞枯山はカットし下山した。
蓼科山の登山口の女ノ神茶屋の駐車場に移動して、大テントを張り楽しい夕餉となった。
快晴の高原ということで、夜は随分冷え込み寒さに慣れない身には応えたようだが、本当の満天の星空には思わず息をのんだ!
テント撤収の後、蓼科山への登りとなった。分厚い霜柱を踏んでの登行は気持ちがイイ。
傾斜を増す路に、雪と氷が加わりペースが遅い。そして上部は完全な岩場のルートとなり、当会のオネエサマ方には余計足を遅くさせることに・・・
それでも、北ア・中央ア・南ア・南八ツから秩父・浅間山そして妙高までそれこそ360度遮るもののない視界が広がり、歓声がが上がる。
下山後は、道を霧ヶ峰へ辿り今山行初めて富士山も望み、上諏訪の温泉で汗を流し今山行を終えた。(H22.12.4〜5)




今年も景色見えず、下降でもダイクラ尾根は手強い!
お花畑に咲き競う花と、暑い下界を離れてさわやかな風の吹く夏山を求めて、今年も飯豊連峰の稜線に遊んだのですが、昨年に続きまたしても濃いガスと時折降る雨に景色はさえぎられてしまいました。
それでも、流石に花の飯豊連峰!まだ少し早かったようですが、本当に素敵な花達が迎えてくれました。
御西岳から大日岳への稜線をたどり、ほんの少しのガスの切れ間から広がるお花畑と残雪のコントラストには、思わず歓声が上がりました。
コースは、山形・小国口から石転沢からカイラギ小屋に上がり泊。北股岳を往復し、主稜線を辿り御西小屋へ。大日岳を往復し泊。三日目は広い稜線を飯豊本山へ辿り、長く厳しいダイグラ尾根を下降するというもの。
ガスの中ながら、可憐な花は堪能させてもらいましたが、ダイグラ尾根の下降には9時間ほどもかかり、とにかくお疲れ!
H22.7.31〜8.2 会員9名参加。
歴史ロマンと採り放題の山菜を求めて
数年前の感動をもう一度と、再び古の越後と会津とを結ぶ、八十里越えの峠道を7名の仲間で辿りました。
41年ぶりの春の寒波とかで、なかなか春本番のコンディションにならず、出発地点の吉ヶ平までの道が開かなかったり、恒例の地元山岳会の踏査行事が中止となったりで、この山行も少し心配したのですが・・・
梅雨本番となり、雨のスタートとなりましたが、そんな心配は杞憂となり、元気な仲間の声が雨のブナの森に吸い込まれてゆきました。
前の経験から一番心配したブナ沢付近からのルートも、ほとんど残雪が無く問題なく辿ることができました。
現地調達メインの夜の食材を採りながらも、順調に歩を進め鞍掛峠を越えたブナ林の道に幕営しました。
小雨ながら焚き火の炎も上がり、てんぷらをはじめ山菜づくしのディナーで盛り上がりました。
二日目は天候も回復し、すがすがしい空気の中、田代平から木ノ根峠と道を辿り、会津に入りました。
幅が広くなった路ですが、ぬかるんで足元が悪く登山靴ではツライ箇所が多くなりました。昔、大八車すら通ったいう路はなかなか高度を下げず、とにかく山すそを巻き続けます。
そしてやっと登山道から開放されたのですが、最後は5km程の舗装道路歩きが待っていました。いい加減疲れ果てているのですが、止めのワラビ採りに夢中の仲間でした。
何とか長かった峠を辿る旅も、入叶津のスノーシェッドで、30kmの歩きを終えました。
とにかく美味しい山菜と、仲間と歩く楽しさを、少しの歴史を考ええながら満喫した、山旅でした。
H22.6.19〜20 会員7名参加
季節はずれの吹雪で五剣谷岳で敗退
かつて山の雑誌で「マイナーな山日本一」に選ばれた山「矢筈岳1258m」を、残雪期の利点を当てにして目指したのですが・・・
以前登った裏の?魚留山からに対して、今回は表の木六山からの長い尾根を辿りました。
木六山・七郎平山・銀次郎山・銀太郎山・五剣谷岳から青里岳と辿りやっと矢筈岳となります。
少しずつ高度を上げるといえども、木六山826mから五剣谷岳1187m矢筈岳で1258mしかなく、各峰間のアップダウンもあり、とにかく長い尾根です。そして登山道にしても銀太郎山までしかなく、積雪期を外せばものすごい薮こぎとなるルートなのです。
そんなマイナーな山をやるならば、やはりこの残雪期ということで、出かけたのですが・・・
41年ぶりに4月中旬に東京に雪が降ったという、予想もしなかった天気に翻弄されてしまいました。
激しいダシ風(東よりの下ろし風)の地吹雪の中、カリカリの斜面もありアイゼンを着けてのラッセルとなりました。
辿る尾根筋もヤセている処が多く、気が抜けません。そして11時間のアルバイトで辿り着いた五剣谷の斜面は、方向の定まらない突風の渦巻く、少し生命の危険すら感じる稜線でした。何とか風を避けられるブナの樹林の窪みに逃げ込み幕営しました。
夜から降り出した雪は、真冬の本格的な降り方となり、狭いテント内の我々を圧迫します。
そして朝までに3〜40cmの積雪となり、まだ遠い矢筈への望みを断ち切られました。
たった二人でのラッセルの撤退となりました。急斜面での雪崩の恐怖、ヤセ尾根でのカリカリのバーンのうえに乗った新雪の斜面でのスリップの危険等々・・・
とにかく長い尾根のアップダウンに疲れ果てました・・・
そして、せっかくの静かな山をもうすこしをと、木六山にテントを張り、ゆっくりと山の一夜を楽しんだ後、水無平経由で翌朝下山した。
(H22.4.16〜18 E藤・M村)
ヌクヌク温泉の宿と程々の雪の山を堪能しました!
山と温泉、これほど相性のイイ取り合わせも、少ないのではないでしょうか?
そんな我々山屋の心をくすぐる、自分の足でしか辿り着くことが出来ない、山の中の湯煙の宿、「三斗小屋温泉」に師走の雪山も楽しんでしまえと、出かけてみました。
このところの暖冬?で、峠の峰の茶屋跡でも10cm程しか雪が無く、拍子抜けの冬山ですが、向かった主峰・茶臼岳では、ホワイトアウトの中で少しルートに迷う場面もありましたが、メンバーの知恵を合わせてクリアし、無事頂上で記念撮影。
メインの三斗小屋温泉・大黒屋さんへと、路を辿りました。
それにしても、この三斗小屋温泉はう〜ん・イイですね、古き良き時代の?湯治場をそのままの姿を残した、そのたたずまい!今回の宿とさせていただいた「大黒屋」さん、お膳での食事、タイムスリップしたごときの部屋ながらの暖か羽根布団、そしてとにかく最高の温泉!大満足!!
そして、翌日は隠居倉から朝日岳の少し厳しい冬山の頂を経ての、下山となりました。
そして最後は、裏の会津・下郷での名代の蕎麦での締めとなりました。
(H21.12.5〜6)
とにかく楽しい!沢遊び
いくつになっても楽しい水との戯れ”沢登り、そしてその途中での泊りには、やっぱり焚き火”です。
その炎の揺らめきの中に、理屈無しの安らぎを感じるのは、私だけではないようです。
世の中の難しいトラブルを抱えている方は、この焚き火の炎を囲んでビールでも飲み交わせばイイような気がしますが・・・
水量の少ない季節、好天に恵まれ外で焚き火を囲んで、これぞ沢遊び”の時間が、ゆっくりと流れました。
沢での行水?トカゲ(昼寝)焚き木集めと、ベースとした大石沢出合の時間はゆっくりと流れました。(当然アルコールが足りなくなりました) 遅いメンバーは日付が変わっても、燃やしていたとか?
一番水量も少ない季節と言うこともあり、手こずることも無く少し草紅葉が始まった大烏帽子山手前のコルに上がることが出来たが、登山道の無いトレースは結構キツイ。
清水峠からの登山道に救われ、池塘が点在する朝日岳付近の佇まいには、思わず感嘆の声が上がります。
大石沢出合への下降、テント撤収そして下山と、けっこう長い一日の行動となりました。最後は大露天風呂で有名な宝川温泉で、○○○を楽しみ、山行を終えました。
H21.9.5〜6 (榎○・遠○・川○・松○)
お花畑に歓声を上げるも、雨とガスで・・・
真夏の空と雪渓のコントラスト、そして咲き競うお花畑の「花」を求めて、飯豊の峰に遊んだのですが・・・
小雨のぱらつく中、温身平のブナ林からの夏道を、梶川出合の大高巻きを過ぎ石転びの出合へと進みます。
出合は飛び石伝いに何とか渡ることができ一安心。
そこから少しでやっと雪渓に乗ることが出来ました。ガスで視界の聞かない中、途中からアイゼンを着けての登行なりましたが、雪渓を降りるところでルートを見失うチョンボもありましたが、どうにか夕方カイラギの小屋に辿り着き、テントでの大宴会へと時間は流れましたが、濃いガスのため全く大パノラマは望むことは出来ませんでした。
翌日は、北股岳を経て門内岳へ稜線を辿り、梶川峰の長く急な尾根を下ります。
やはりガスで景色は望めませんが、辿る路はとにかく花・花・花の路です。いたるところで女性軍からは歓声が上がります。
途中のお花畑の広場ではコーヒータイムを取り、ニコニコの一時となりました。
梶川峰に入る頃から雨脚が強まり、けっこう疲れる下降となりましたが、最後は飯豊山荘の温泉で汗を流して、終了しました。
(H21.8.8〜9) 遠藤・村山・山口・斉藤・皆川・松村
ブームに乗り?越後の名峰に遊ぶ!
大河ドラマの「天地人」のブームに乗ったわけでもないのでしょうが、越後三山の一つ八海山”に、梅雨の晴れ間の一日遊びました。
ロープウェイ利用のブーイングも気にせず、元気に賑やかにその峰に立ちました。
修験道の峰と言うだけあり、その頂上稜線は厳しい岩場の峰となり、鎖・はしごの連続となり、残雪の残る沢までの高度感とあいまって、緊張が高まります。
運良くこの日は、梅雨の合間の晴れ間の一日で、時折小雨がぱらつくものの、風も無く岩場も乾いている好条件も味方し、この緊張感を楽しむ余裕もあり、ドラマの主人公を気取るショットも撮影したりで、楽しく辿りました。
H21.7.12(日) 高橋・宮越・遠藤・榎本・山口・斉藤・小島・松村
そこは3776m、厳しい歓迎でした!
前年、皇太子殿下も登られ感動したとの話を聞き、それならと年齢的には負けない?オヤジ3人で、はるばる出かけて見ました日本一の山「富士山」へ!
高速道路1000円の恩恵を享受し、450kmのドライブで辿り着いた5合目。 けっこう大きくなった荷物にあえぎながら、とにかく長いジグザグの路を辿ります。
6合目少し上からは雪道となり、アイゼンの出番となりました。(冬にほとんどはかなかったアイゼンを、5月末に着けました・・・)
斜度は少しずつきつくなり、3000mを超えるとやはり少し高度障害も出てくるようです。3100m地点の小屋の陰にテントを張り、日本一のお山での宴会は、盛り上がりました!?
夜半まで輝いていた星も、明け方には隠れてしまい、天気は急下降のようです。4時半と早いスタートだったのですが、雪・突風との競争になってしまいました。 それでも何とか薄い空気にあえぎながらも、吉田口・浅間神社の鳥居をくぐり(頭をぶつけるハプニング有り)激しい吹雪の頂上に立ちました。
予定していた、お鉢めぐりはあきらめ、早々に下降となったのですが、急斜面でのカリカリの雪面でのアイゼンワークは疲れます。持ち込んだGPSの力も借り、ホワイトアウトの斜面を慎重に下りました。
テント撤収の後、雪から雨に変わる長い路を下降し、富士山の大きさを、改めて実感しました。
今回は、当会では初めて?携帯トイレ等を利用して、各自の排泄物を回収下山しました。
日本一のお山「富士山」は、やはりそれなりの厳しさで迎えてくれた、お山でした。
H21.5.23〜24 遠藤・宮越・松村
力を合わせ努力するも、発見に至らず・・・
新生阿賀野市が動き出し、我々も五頭連峰での遭難対策活動に繰り入れられ、そのときに備えての訓練にも参加してきたところですが、ついに「本番出動」の動員が、かかりました。
4月下旬の松平山で、単独行の男性が遭難、阿賀野市の遭難救助対策協議会の一員として、遊びで培ってきた技術でも、社会貢献出来ると、参加会員それぞれ精一杯頑張りましたが、1週間を経過した現在も、残念ながら遭難者の、発見には至っていません。
本当のところは、判っていませんが、悪天候下での残雪季の山の難しさを、改めて認識させられた行動でした。
捜索に出て行く我々に、一縷の望みを託された、御家族の心痛を思うと、使命感を強く意識して、行動したのですが、やっぱり少し、力不足でした・・・
歴史と山菜を堪能し、ゆっくりと辿りました
我々もよく登らせてもらっている、川内から連綿と続く会越国境の山並み、その守門と浅草の麓を縫うように辿る八十里越えの峠径。
現代の鉄道と自動車による交通・交易が確立される昭和の初めごろまでは、人力・牛馬の荷役による、文化・経済にとって重要な位置を占めた、歴史と文化の径だったのです。
そんな、会越国境の古い峠道をゆっくりと辿り、歴史と今が旬な山菜をたっぷりと楽しんでしまおうという、たまには頂上を目指さない、今回の山旅でした。
古くはほとんど伝説になった「安寿と厨子王」から、近代日本の幕開けとなった戊辰戦争の東方の雄「長岡藩家老・河合継之助」も越えた、八十里の峠径。
今は廃村となった越後の「吉ヶ平」から会津・只見の「入叶津」までの25kmにもおよぶ山路は、手入れのされぬ年月とともに、かつては牛馬でも重荷を背に通れた古の山岳ハイウェイ?だったようですが、崩落などの荒れが進んで、予想以上の手ごわさで迎えてくれました。
相次いだ昨年の水害と地震で、吉ヶ平まで4km手前からの歩きとなりました。 かつては学校だったと思われる荒れた山荘だけが残る吉ヶ平から山路が始まりました。 番屋乗越までは越後の裏山?の雰囲気のゆっくりした登りが続きます。
この峠を越えると、五十嵐川源流域の山深い様相となり、20年ぶりの大雪のためか、谷の部分はまだ雪原となり、ルートファインディングの難しい場面が多くなります。 先行者の赤テープの目印に助けられ、何とか進みますが、目の前の山菜に気を取られ?ペースは上がりません。
小雨が混ざり始めた夕方、高清水沢と思われる地点のブナ林の古道にテントとタープを張り、焚き火を囲んで山菜尽くしのディナーを楽しみ、山深い峠の夜は、ゆっくりと時間が流れました。
翌朝も小雨の中の出発となり、コシアブラをまぶした朝食で元気いっぱいの歩き出しだったのですが、崩落と残雪のトラバースで思いのほか手間取り、鞍掛峠からは径も明瞭となりペースも上がりました。田代湿原に寄り道し「盛りの水芭蕉」を楽しみ、木の根峠でやっと会津に入りました。
径は広い切通しのところが多く、ルートに迷うところは無くなりましたが、とにかく長い! なかなか高度が下がらないまま、延々と続きます。 この頃になり、少し余裕も出て周りの山菜についつい眼が行きます。 ますます背のザックが重くなりますが・・・
やっとたどり着いた峠入り口の国道、ここから3kmほどのおまけの歩きとなり、入叶津の車止めで、どうにか30km近い峠越えの山旅が終わりました。
それほどきつくない山路歩き、先を急がない時間の余裕、焚き火を囲んでの山菜尽くしの宴、等々・・・ピークを目指すだけが山じゃない! そんな想いも納得できる、ゆったりとした気持ちのブナの森の径でした。
たまにはイイですね、こんな山歩き・・・
H17.6.11〜12 松村・遠藤・小田・山口
水原6:00−7:50入叶津(車デポ)−10:00遅場−10:50吉ヶ平ー13:30番屋乗越−16:30高清水沢 泊
6:30−9:00倉掛峠−10:00田代平−10:45木ノ根峠−14:00峠道入口−14:45入叶津口−18:40水原
親しんだ五頭で、本来の冬山に遭遇!
朝な夕に見上げる、我々ここ阿賀野の地に生活する者にとって、心の拠りどころ?とも言える、五頭の峰.我々山を遊びの対象とする者にとっては、常に身近な存在なのですが・・・
今回は、当山の会の月例山行として、この「五頭連峰縦走」を企画してみたのですが・・・
冬らしい冬の今年は、しばらく振りの雪の峰が迎えてくれました.
五頭主稜線の縦走は、過去にも何度か経験していて、そのたびに自分の生活する地を常に見下ろしながらの歩きは、感動的です.
今回の縦走は、強い冬型の天気図模様の中、宝珠山へ赤松口から上がり、ラッセルに苦しみながらも順調に進み、菱ヶ岳手前・大日山に風を避けて裏側の尾根にテントを張りました.
五頭には珍しいほどの冷え込みでしたが、ゴアの大テントは快適な眠りを確保してくれました.
ホワイトアウトの中、地図とコンパスを頼りに菱ヶ岳にたどり着き、よろこびの握手を交わしたのですが・・・
悪天候の為、主稜線の縦走継続を断念して、下山としたのですが・・・
雪山で、視界もほとんど利かないガスの中での下降で、自分でも予想しなかった「迷子」になってしまいました.
ルートを求めての必死の彷徨を繰り返したのですが・・・
ついにルートを見つけることができず、再び菱ヶ岳へ登り返して、五頭へ退路を求めることとしました.
この間4時間ほどの、雪の中での右往左往でした.
菱から五頭への主稜線も、全く自信が無くホワイトアウトの中、地図とコンパスのにらっめっこ状態で、もう一夜のビバークを覚悟し始めた頃、ガスが切れだし視界が利くようになり救われました.
メンバーみんな、体力的にも精神的にも疲れが募り、足元もおぼつかなくなりましたが、主稜線のラッセルからは三ノ峰からのトレースに助けられ、夕方無事下山することができました.
ホームの五頭で、冬山の厳しさ・難しさそして、リーダーとしての判断を、考えさせられた山行となりました.
H17.2.11〜12 松村・斎藤・遠藤・山口・坂井・野沢
山の原点がそこに、地元の山ゆっくり楽しむ.
焚き火の炎をみつめ、座した仲間が黙することは無い!
最近はいろいろな理由で、山での焚き火も制限されることが多いようです. まだここ五頭あたりでは、節度をわきまえてやれば、大目に見てもらえるようです.
山の原点ともいえるような、地元の山に、それぞれのルートで集まり、焚き火を囲んで飲み、そして語り合う.
尾根と沢から、4ルートで仲間が五頭の静かな、松平から五頭の稜線の一角に集まり、至福の時をすごしました.
岩魚・きのこと、自然の恵みに感謝しつつ・・・
夜半から雨模様となり、テントなしのビバーグはやはり寒かった・・・


マイナー度日本一の峰はさすが!
以前、山岳雑誌「岳人」の特集で、マイナーな山という企画があり、堂々その「日本一」の座に着いたのがこの「矢筈岳」でした.
その選考基準は、登山道が無い、麓から遠い、それでいて山容がりっぱ、というようなことだったと思いますが、・・・
登るのがけっこう大変で、それなりの大きな山とでも解釈すれば、解りやすいのでしょうか?
まあ、そういうものに選ばれて、私なんかも登るようになれば、マイナーとは言えないのかも知れませんが・・・
そんな矢筈岳に、豊富な残雪のあるこの季節に、裏の魚止山からの尾根をルートに辿り、どうにか立つことができました.
室谷かの林道は、期待に反して除雪されておらず、2時間近いアルバイトを強いられました.それでも比較的積雪が多く、順調に稜線に立ちましたが、そこからの一部のヤブコギは体力を消耗します.
三川源頭部のT字路にテントを張り、残雪の山をゆっくりと楽しみました.
昼寝に焚き火と、ゆっくりと時間が流れました. そして夜の空間は、全く下界の街の灯りが見えない、それこそ山の重なりだけの、息を呑む景色が広がりました.
そして翌日は、ヤブ尾根・雪壁を辿り、いよいよ憧れの峰・矢筈岳1257mに立ちました.
川内山塊から会越国境の山また山が連なり、高きゆえに山尊からず!を、実感. さすがマイナー度日本一”の山.
記憶に残る山行となりましたが、やっぱり遠かった!
H16.4.10〜11 7;15室谷−林道終点9:00−魚止山11:30−三川源頭T字路14:00 泊
4:50テント場−7:10矢筈岳7:25−9:30テント場10:30−魚止山12:30−林道13:50−
室谷15:40 松村・遠藤・西郷



光の春に、川内の雪稜から粟ヶ岳を目指しましたが・・・
標高が高くない越後のヤブ山の雄、川内山塊” また違った視点から最近注目を浴びる?この山なみの一角、越後白山から粟ヶ岳への尾根を、光の春・2月の雪のときにトレースしました.
今年も寡雪の年で、ヤブ尾根を心配しましたが、そこはさすがの川内の山.縦走には十分の積雪があり、快晴の空のもと、白山・慈光寺の甍からルートは始まりました.
白山から遥かに望める粟ヶ岳への尾根は、宝蔵山からせっかく稼いだ高度をいったん下げ620m程の鞍部を経て、権ノ神岳へ延び、そこからはやせ尾根の雪稜となり、今ルートの核心部で、ここを登り切れば粟ヶ岳は指呼の距離となります.
我々はこの尾根を快調に辿り、権ノ神岳手前に幕営しました.
翌日は雨のパラツキ出した尾根を登り、権ノ神岳でワカンからアイゼンに履き替え、核心のやせ尾根に挑みました.この頃から天気は急速に悪化し、雪ではなく風雨が強くなりました.
やせ尾根のアップダウンと、急な雪壁のアイゼン登行でやっとたどり着いた、粟ヶ岳北峰は強い風雨のホワイトアウト.
我々の読図能力を試すかのごとく、乳白色の世界が広がります.
記憶にある登山道は辿れず、地図と新兵器?のGPSをひたすら信じ!?尾根を下降しました.
そしてたどり着いた台地で、風雨のガスの中からかすかに聞こえた人の声!
何とか雪に埋もれた、砥沢の避難小屋へ入ることができました.
下山も、雨で腐った雪に足を取られながら、ヌレネズミ状態で、水源地へ・・・
久しぶりに、歯ごたえのある雪山の尾根となりました. 下山してみれば、身も心もシャキッとした、早春の雪稜でした.
そして、尾根の途中から望んだ川内の山並みは、人工物の全く無い、自然そのままの、感動的な空間が広がりました.
2004.2.28−29 松村・坂井・遠藤・野沢



雪・雪・雪の世界、雪洞ではちょっとしたアクシデントも・・・
大人の雪遊びと、非常時のビバークの訓練を兼ね、雪洞泊の山ということで当初は御神楽岳が計画されましたが、この冬も全くの寡雪で、豊富な積雪が間違いなくある!月山・姥ヶ岳に場所を移して、昔の子供達が?挑みました.
そして今山行は、我々が常に愛用しているワカンに比べて、機動力に優れている、今流行のスノーシューを履いての登行になりました.
大寒の寒波来襲で、厳しい冬山となりましたが、とにかく皆元気!! 新雪・そして強風の吹雪の中ラッセル・ラッセルのこれぞ冬の月山を満喫して、夏にはスキーで賑わう姥沢の斜面に今山行のメイン「雪洞」を、ワイワイと楽しく掘り、一夜の楽しい我が家”を作ったのですが・・・
夜のディナーを、美味しくいただくためにスキー場リフト終点1510m地点まで往復して、(滑りのギヤを持ち込んだメンバーは,パウダースノーを満喫し)雪洞に戻ると、ナント我が一夜城が崩れかかっているでは、ありませんか!(あまりにも大きな雪洞作りすぎた??)
仕方なく、再度掘りなおすことに・・・それも夕方5時を過ぎてから・・・
ヘロヘロになって、何とか1時間ほどで1m程の段差のついた雪洞を掘り、暖まるキムチ鍋の夕食でホカホカで眠りについたのですが・・・
朝は、ツブサレルーの悲鳴?で起床となりました.
新雪の斜面に彫った雪洞は、ジワジワトと天井が下がり、ヌクヌクの眠りから覚めたメンバーを、驚かしたのでした.
全員狭い隅に避難、ひたすら夜明けを待ちました. それもヤッパ雪洞、ビショビショに・・・
激しい降雪で姥ヶ岳・月山はあっさり断念、元気にラッセル・下山(一部は新雪の滑りを楽しみ)、暖かい温泉に一直線となりました. H16.1.2425
冬の南八ケ岳縦走・アイゼンも軽やかに?・・・

明るい冬山を求めて、今年も八ケ岳に遊びました.
そこはやはり、我々の期待を裏切らず、どこまでも青い空と明るい陽光、そして乾いた凛とした寒気が迎えてくれました.
越後の雪山では慣れない岩稜のアイゼンワークに、ややてこずりながらも、阿弥陀岳で足慣らしをし、翌日は快晴・微風の天候も味方して、赤岳から硫黄岳への南八ケ岳の主稜を縦走して、中高年パワー健在を誇示しました?!
富士山が正面に大きく立ち、甲斐駒・北岳の南アルプスから中央アルプス、やはり目立つ槍の穂先を筆頭に北アルプスの峰峰、
そして妙高から特徴的な浅間山、等々360度の大パノラマを堪能しながらの、稜線歩きでした.
最後の硫黄岳の記念スナップには、その喜びの笑顔がこぼれました.
やっぱり、冬の八ケ岳には、新潟に冬には無い、乾いた明るさがありました.
H15.12.13〜14


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